ジェームズ・M. ブラッドバーン 原作者

James M. Bradburne

日本での思い出と『エマと青いバク』の誕生

私が初めて日本の地を踏んだのは、1984年の春、成田空港でした。寝不足でぼんやりとしたまま飛行機を降り、互いの顔色が青白くなっているのを面白がって写真を撮り合いました。疲れ切った表情や頼りない足取りを見ては笑い、長旅の影響を実感したものです。バンクーバーからのフライトで、現地時間は朝の5時。しかし、体内時計はまだ夜の8時を指していました。こうして、私と日本との縁が始まったのです。

最初の旅は約3週間。建築家であり友人でもある同僚と共に、故タル・ストリーターの著書 『The Art of the Japanese Kite(日本の凧の芸術)』 を片手に、少し変わった旅を計画しました。京都や奈良から長崎まで、途中さまざまな場所に立ち寄りながら、日本で最も小さな凧を探し求めたのです。それは、人間の髪の毛一本の先につながれ、ろうそくの炎の上で宙を舞うという、伝説のような凧でした。

その後、1980年代の終わりに何度か日本を訪れ、1990年にはテキサスの財団の依頼で、日本の現代彫刻展 『A Primal Spirit(原初の精神)』 をアメリカで開催するプロジェクトに関わりました。

それ以来、日本文化への愛は深まるばかりで、何度も訪れるようになりました。1993年には、姉の子どもたちのために 『In the Night Garden(夜の庭で)』 という短編を書きました。この物語は、日本の伝説に登場する「バク」という不思議な生き物を題材にしています。バクは夢の世界をさまよい、悪夢を食べてくれる存在です。

それから数年後、私がフィレンツェのストロッツィ宮殿で館長を務めていた頃、作曲家のブルース・アドルフが手がけた素晴らしい現代マドリガル7曲の初演がありました。その後、彼と食事をする機会があり、その席で私は 『In the Night Garden』 を彼にプレゼントしました。すると、一週間後にブルースから電話がかかってきました。彼の11歳の娘が「この物語をもとにオペラを書いて!」と熱心に勧めているとのことでした。こうして偶然のように、『エマと青いバク』の台本を書く機会が巡ってきたのです。

作曲の過程では、ブルースとメールで楽譜のスケッチをやり取りしながら、歌詞の韻を調整し、作品を作り上げていきました。インスピレーションの源となったのは、バクの「夢を食べる」という特性、泉鏡花の幻想的な物語、そして最近読んでいた小川洋子の 『博士の愛した数式』 でした。こうして生まれたのが、数学を思い出さなければならない、少しわがままな少女と、青いバクの不思議な出会いを描いた子ども向けの物語です。

ジャン・シュレム氏とマリア・マネッティ・シュレム氏の寛大な支援のおかげで、作品は驚くほど短期間で完成しました。ブルースは夢のシーンを複雑なリズムと幻想的な楽器の響きに変え、まるで魔法のような音楽に仕上げました。

台本を書くことは私にとって新しい挑戦でした。ただ物語を語るのではなく、言葉の流れの中で自然に浮かび上がらせることが求められたのです。その過程で、私はさまざまな場所でバクに出会いました。骨董品店の埃をかぶった引き出しの中、中国の胡同(フートン)、アメリカの美術館、書物の中、根付、象牙の印章…。しかし、なぜか自分の夢の中でだけは決して出会うことがありませんでした。きっと、目覚める前に食べられてしまったのでしょう。

オペラ 『エマと青いバク』 の初演は、ミラノのブレラ美術館内にある美しいブラデンセ図書館で行われました。演出は創造力豊かなクニアキ・イダ氏。バク役と母親役には日本人の歌手が起用されました。作曲家ブルース・アドルフも立ち会い、マルチェロ・パロリーニの指揮のもと、ブレラ/ムジカの音楽監督クライヴ・ブリットンの監修を受け、子どもも大人も楽しめる魅惑的な舞台となりました。


ブルース・アドルフ 作曲

Bruce Adolph

『エマと青いバク』について(ニューヨークより)

オペラ 『エマと青いバク』 の音楽を作ることは、私にとって本当に楽しい経験でした。私は、家族みんなで楽しめる音楽を作るのが大好きだからです!ニューヨークのリンカーン・センターでは、6歳から12歳の子どもたちとその家族のためのコンサートを、もう32年間も開催しています。おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、友人たちも一緒に来てくれて、子どもたちと同じように物語や音楽を楽しんでくれています。私の作品の中でも特に人気なのが、『ティラノサウルス・スー:白亜紀のコンチェルト』 という曲で、世界中で何度も演奏されてきました。

『エマと青いバク』 の台本(脚本)はジェームズ・M. ブラッドバーンによるもので、もともとはイタリアのミラノで、クニアキ・イダさんのユーモアあふれる演出によって上演されました。クニアキさんは、鮮やかな舞台演出と独創的なセットや衣装で、物語の魅力を存分に引き出してくれました。そして今回、この作品を日本に届けてくれることになりました!

この物語は、日本の古い伝説に登場する「バク」という不思議な生き物にインスパイアされています。バクは悪夢を食べてくれる存在として知られていますが、アニメやマンガなどで見たことがある人も多いのではないでしょうか?しかし、このオペラに登場する青いバクは、ちょっと変わった考えを持っています。どんな夢や悪夢が美味しいのか、自分なりの基準があるのです。さらに、主人公の少女エマは、バクが興味を持つような夢をたくさん見るだけでなく、学校の数学のテスト勉強もしなければなりません!実は、ミュージシャンにとっても「数を数えること」はとても大切です。このオペラでは、ちょっと難しいリズムも登場するので、正確にカウントすることが求められますよ!

このオペラには、プロの歌手と子どもたちの合唱団が出演し、楽器編成も小規模ながらとてもユニークです。ハープ、ヴィブラフォン、マリンバ、チェンバロ、ピアノといった特別な楽器が使われており、それぞれの音色がきらめくように重なり合いながら、絶えず変化する響きを生み出します。リズムもとてもエネルギッシュで、いろいろなビートが組み合わさりながら、まるで渦を巻くように展開していきます。

ところで、私はオペラを歌うオウムを飼っているんです!名前は「ポリー・リズム」といって、私が10歳のときから家族の一員です。ポリーは今年で60歳になります。もしあなたがエマのように数学が得意なら、私が何歳か計算してみてくださいね!

『エマと青いバク』 は、コメディとミステリー、サスペンスと驚きが詰まった30分のオペラです。今回の日本公演を本当に楽しみにしていますし、私自身、日本を訪れるのは初めてなので、とてもワクワクしています!ぜひ劇場でお会いしましょう!


井田 邦明 演出

Kuniaki Ida

教育運動としての『エマと青いバク』プロジェクト

私たちの運動形態は、「エマと青いバク」というイタリア・ミラノのブレラ美術館で上演された作品の、日本のKAAT 神奈川芸術劇場での再演に際して結成されました。

日本の子どもたちが国際社会へ旅立つ上での豊かな人材の育成、少年少女たちの豊かな人生の発見の場になることを目指す教育運動です。

これは、日本において積み重ねられてきた、幼児教育・保育といった文化教育の流れに沿った教育システムの一部であり、そして、イタリアの教育システム(レッジョ・エミリア・アプローチやモンテッソーリなど)、各国の様々な分野の教育者・芸術家と連携し、活動が展開されていくでしょう。

この教育(運動形態)の中心にあるものは、幼児教育を通じた子どもたちの身体と思考の育成という実践と、日々の教育の営みを題材とした研究成果という知識の果実であり、

そこから生み出される、環境・社会・経済・教育といった社会問題についてのアプローチ提案は、人々を魅了するだけでなく、良質な問いを投げかけ、より良く発展進化することを目指す教育システムの形態(在り方)です。

私たちは、少年少女、教師、公共団体、学生、専門家、そして好奇心旺盛な人々のための研究の場となることを目指し、視覚芸術(絵画・彫刻・舞台芸術)・聴覚芸術(音楽・舞台音楽劇、音楽教育など)といった多感覚アプローチを実践します。

そして、少年少女が創作したものを、美術館や舞台芸術での作品へ転換し、様々な表現の可能性を試み、地域社会との関係性の構築を目指します。

この「エマと青いバク」という作品を皮切りに、新しい舞台芸術の探究を進めたいと思います。

スペシャルサポーター

藤田 寿伸 東京成徳大学 准教授

Hisanobu Fujita

プロフィール

東京成徳大学子ども学部准教授。
1965年生まれ。
多摩美術大学卒業後、企業勤務をへてイタリアでデザインを学ぶ。

その後、幼稚園教員免許を取得し保育者として十年間勤務。
退職後、東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程でイタリアの芸術家ブルーノ・ムナーリを研究し博士号を取得。

現在は保育者養成に関わりながら、ムナーリやレッジョ・エミリアなどイタリアの創造的な子どもの教育を研究している。

プロジェクトへのメッセージ

数年前イタリアのレッジョ・エミリアで人形劇に関する素晴らしい展覧会に出会い、これをきっかけにイタリアの豊かな人形劇の歴史と、演劇と子どもの教育や文化のつながりを知りました。

展覧会の企画監修者であるブラッドバーンさんはミラノの歴史あるブレラ美術館の館長を歴任し、日本の芸術文化にも造詣がある方です。

ブラッドバーンさんの作品が日本で上演され、東西の芸術と子ども文化の新たな交流が生まれることに、大きな期待を感じています。